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伝統ある老舗と、流行を生み出す新しい感覚とが混在し、様々な情報を発信し続ける街、銀座とは一体どんな街なのだろう
文化の街・芸術の街。銀座
  もともと幕府の銀貨鋳造所があったため、その名を名付けられた、銀座。古くから、外国の流行をいち早く取り入れ、新しい文化を築いていきました。新しいものを取り入れる一方、昔ながらの腕ききの職人の街としての伝統も大切に守られ、現在の銀座の礎となっています。
 
歴史が刻まれる街並み
  銀座が煉瓦造りの西洋式建築の街並みへと変貌を遂げたのは、1872年のこと。銀座大火によって全焼した、銀座の街の建て直しが始まり、当時ロンドンで流行していたジョージアン様式の煉瓦造りで異国風の銀座が創られていきました。
  現在の銀座の街並みにも、所どころで当時を偲ばせる趣きある風景を見ることができます。銀座の代名詞にも使われる街路灯も、当時誕生し、装飾が美しいアール・ヌーボー仕様となっています。ちなみに、銀座通りにある街路灯の光源は、演色性に優れたものを使用しているため、女性をより美しく照らしてくれる効果があるそう。
  一方で、江戸歌舞伎など江戸文化発祥の地として、歌舞伎座など、伝統的な建物も多く残っています。
↑銀座の街並みの象徴ともいえる街路灯
 
文化人が集う街
 古くから、東京の中心・中央区域には、多くの文化人が集まりました。
  出版社、新聞社など文化の発信地が近く、文壇バーといわれる社交場に、泉鏡花、菊池寛、坂口安吾、太宰治など文豪たちが集い、銀座の街を彩っていました。
  今話題のバーニーズニューヨークの入るビル、(今はもう取り壊され新しいビルに生まれ変わっていますが、)交詢ビルは、福沢諭吉が明治13年(1880)に設立した政治家や経営者らのための日本で最初の会員制社交クラブ「交詢社」のクラブハウスビルとして造られたもの。酒場・理髪室、当時としては珍しいビリヤード場やプール(!)などもあり、文化の発信に一役買っていたそう。
  当時、ビルにはさんだ向かいには、老舗ブラジルコーヒー店【カフェ・パウリスタ】があり、作家の芥川龍之介、菊池寛、などが出入りしていたという文化人ご用達のお店。いまは、銀座8丁目に移転して営業しているそう。文化に触れた日のカフェ時間に、是非行ってみて。
 
日本一、画廊・ギャラリーが多い街
↑20もの画廊などのテナントが入る「奥野ビル」
  日本で最初のギャラリーが誕生したのは銀座。明治8年に洋画展を開いたのがその始まり。その後、次々と画廊が建ち並び、現在では300店以上の画廊やギャラリーがあると言われています。
  『古き良き芸術の街、銀座』を堪能するのにおすすめの場所は、銀座一丁目の京橋寄り、ホテル西洋の近くに位置する、奥野ビル。大正か昭和にタイムスリップしたような錯覚を感じる、剥きだしのコンクリート、レンガ風タイルや窓際の緑が趣ある建物で、どこか懐かしい銀座を感じることのできるスポットとなっています。昭和7年に建てられたというこのビルは、かつて銀座アパートメントと呼ばれ、文士・ダンサーといった時代の先端を担う多彩な人々が生活していた、銀座界隈でも屈指の高級アパートだったそう。現在は、アパートとして利用ではなく、20もの画廊などのテナントが入り、今でも芸術発信の場として活躍しています。
  銀座の各ギャラリーでは季節ごとに様々な展示会が開かれているので、訪れた際には、ぶらっと立ち寄ってみるのも、愉しいですよ。
 
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